銀の魔術師と捕縛の糸

episode-春逢- 02
何だか、変な夢を見たような気がした。
香葵は目をこすりながら鏡を見た。
寝癖でぼさぼさの髪と、眠くて腫れぼったい眼。

――夢なんか、久しぶりに見たなあ。
ふあぁ、と欠伸をする。やっぱり眠い。
夢見て、眠り浅かったのかなあ。
もたもたと顔を洗って、タオルに顔を埋める。
――今日、何しようかなぁ。
タオルを投げて香葵はぼんやりと今日の計画を考えた。
――平瀬に残ればよかったかなあ。
香葵はそう思いながら、無駄に大きい実家のドアを開けた。



東京都内にある実家は、何かにつけて大きすぎる。
どちらかというと都心部から外れてはいるが、土地からして2千坪は超えている。
庭も、どちらかというと庭園だし、一部は鬱蒼と林じみている。
屋敷にしても然り。小さな離れがあることからして何かおかしい。
家主の息子が言う事ではないとは分かっているが、でか過ぎるのだ。
もちろん内装もそれに見合うだけのものである。
――住人が見合ってないんだよなあ。
香葵はそう思っている。
父親は愛妻家で親ばか、夏葵は形はそれなりでも性格があの通りの魔術師。香葵はむしろ庶民の中に突っ込んだ方がやって行けそうな性格。
香葵が言えたことではないが、何かが間違っている。

――まいっか。
考えごとをするのは自分の性にあっていないと思って、香葵は思考を放棄した。
「それにしても……」
やることないなあ。
極端に暇である。
春休みに夏葵が実家に連れ戻されるのに付いて来たはいいが、想像以上に暇なのだ。
夏葵は帰ってきてから書庫か実験室に引きこもって、出てきても忙しない。香葵が話しかけても大概無視されるので、もう諦めている。
だからと言って、父親も一応暇ではない。
平瀬に遊びに行こうかとも思うが、往復で2時間以上かかるのはいただけない。
あてもなく廊下をそぞろ歩いていたが、ふと天気がいいことに気づいて外に出た。
3月はまだ寒い。まあ、ただっ広い屋敷も言えたことではないが。
何となく小道を歩く。適当に分岐点を過ぎると、離れの傍の東屋に行きついた。
東屋から望む池は、季節のせいか何も咲いていない。
することも思いつかないが、座面に腰かけた。
完全に手持無沙汰になった。
何となく寂しい。
ポケットから携帯を探り出す。
退屈だなあ、と携帯をいじくりながら香葵は再確認した。