銀の魔術師と孤独の影

fragment1
夕焼けの中、香葵はマウンテンバイクをかっ飛ばしていた。
家に帰った時に気づいたのだが、携帯が見当たらない。6限目が終わってから携帯をいじったので、おそらく教室に忘れたのだろう。
秋の風は冷たく香葵の体に吹き付ける。
二人が現在住んでいるところと高校までは自転車で20分ほどの距離。
木々の隙間から校舎が覗いたので、香葵はペダルをこぐ足に一層力を入れた。
文化部はもう下校している時間帯なので、校門から昇降口まではひどく閑散としている。
昇降口でマウンテンバイクを乗り捨てると、靴を履き替えるのももどかしく、香葵は廊下を走りだした。
二段飛ばしで階段を駆け上り、空の教室のドアを開け放つ。
――あった。
暗い机の中に白い携帯がぼんやりと見えた。
携帯を引っつかみ、尻ポケットにねじ込む。
――そう言えば、夏葵まだ学校にいるのかな。
まだ帰ってきていないのが香葵には引っかかった。浅井利に化学を教えてから帰ってきてもここまで遅いことはない。
1Dから1Aに向かって廊下を歩く。――教室は真っ暗だ。
香葵は廊下を引き返し、昇降口に降りる。念のため、下足箱も見ておこうと自分のクラスとは違う列に入った。



――上履きがなかった。
「……あれ?」
――じゃあどこにいるんだ?
可能性としては職員室辺りだろうか、と考えるが教職員はこんな遅くまで生徒を引きとめていることなどまずない。
普通科の不良に絡まれているか、どっかの女子に告られているか……と考えるがどれもこんなに時間がかかるわけがない。あの夏葵だ。
「うーん、謎だ」
思わずその場で腕を組んで考え込んでしまう。
「おっ、香葵ー。お疲れ―」
「湯沢ー、部活終わったの?あ、夏葵見なかった?」
「いや、見てねーな。じゃ、俺電車だから」
香葵はひとしきりクラスメイトに手を振って、夏葵の下駄箱に向き直る。――夏葵はどうしたんだろうか。
まあ、香葵が気をもんだところで余計なお世話かもしれないが。
そう思って下駄箱の戸を閉めようとした瞬間、香葵の耳は音ならぬ音を聞いた。

おそらくそちらから聞こえたであろう方向に目を向ける。
今の音には覚えがあった。そう、魔術が破られたときに発生する異質感。
――夏葵が、何かやってる?
気配の発信源は西だ。

――夏葵!!
香葵は人のいない廊下を駆けだした。