神代回顧録
雛 07「うっ…………」
体がぎしぎしと悲鳴を上げた。
背中が痛い。地面が堅い。
いや、これは石か。
脚を曲げると、ざりざり、がりがりとこすりあう音がする。
体が痛い。意識が重い。
暁はやっとのことで体を起したが、頭がくらりと重い。
ゆっくりと辺りをうかがう。頭に鈍痛が走った。
――ここは、どこだ。
石ばかりの広い空間。木影はなく、どこまでも暗い。
霞がかかっているのか。遠くがぼやけている。
ゆっくり呼吸を繰り返すと、湿度の高い空気が喉に当った。
水の匂いだ。遠くにせせらぎが聞こえる。
頭痛が引くまで胡坐をかいてぼやける視界を眺めていた。
空には星も月も見えない。だが曇っているようにも見えないのが不思議だ。雲があるならばもっと暗くなってもおかしくない。
「…………ここ、どこだ?」
里から落下したなら、どこかしらに山影があってもおかしくないのに、それがない。
相当遠くまで放り出されたのだろうか。
「そんなわけがあるか」
暁はぼそりと呟くと、ゆっくりと立ち上がり耳をすませた。
右手から聞こえるせせらぎに向かって足を進める。
「……っくしゅん」
底冷えする。
まだどこか濡れている気がする服の上掛けは何もない。
羽からぷちぷちと2,3枚抜きとる。
ふわ、とそれが薄布に転じた。
大したものではないが、ないよりは暖かい。
薄布にくるまり、再びせせらぎへ向かう。
ところどころに草が覗く。
暁の足音だけがぺたぺたと音を立てる。
辺りはどこまで、暗い。
がりっと石がこすれる音が響いた。
いつの間にかうつむいて歩いていて、遠くの人影に気づいたのはだいぶ遅かった。
せせらぎの元も近い。
暁はひたひたと足を進めた。
やがてきらきらと流れる清流。
「その川を渡るなよ」
小川を見降ろす暁に、低い声が投げられた。
顔を上げると、小川を挟んで少しの所に体格のいい男がいる。
「…………何で?」
「その川を渡ったら、戻れなくなる」
暁は眉を寄せた。川を渡ったら戻れなくなるなど、聞いたことがない。
男の後ろからもう一人、目もとの鋭い痩せた男が、幼子を連れて寄ってきた。
少女とも言えないほどの幼子がじっと暁を睨む。
痩せた男がそれに構わず抱き上げた。
「まだ、なんだろう?」
「…………」
堅く引き結ばれた口は開かないが、こくりと頷く。
「……帰るがいい。渡るにはその力は大き過ぎよう」
「…………ここ、どこ」
「地の果てだ」
地の果て、暁は口の中で呟いた。どういう意味だ、それは。
「さて、そろそろ限界だろう。後で用があれば私から逢いに行こう」
限界、どういうことだ、それは。
暁は痩せた男を見返した。
そこで初めて、辺りに霧が立ち込め始めていることに気が付く。
暁と彼らの間にも密度の高い霧が流れ込む。
「もう、しばらくこんなところに来るんじゃない、よ――――」
――――白――――
背中に何かが当たってハッとした。
「ここ…………」
小川は、霧は、あの男たちは、ない。
天井も左右も狭い、隧道。
後ろは岩壁。
暁はずるすると座り込んだ。
今さっきのは、何だ。
せせらぎはどこにも聞こえない。隧道の中はしんと静まり返っている。
「…………」
暁はやおら立ち上がった。
まずは、隧道から出なければ。