彼岸花の咲く川で

9.文目のはなし 01
そこには木目を見せている楕円の浅皿が大量にぶちまけられていた。氷の上には木屑が大量に積もっている。
「文目ー、いるなー?」
「なんです……騒々しいですねぇ」
ねっとりとした声。
もぞもぞと小山が動く。こちらに背を向けて、猫背になっていたらしい。
「おや? 見かけない顔ですねぇ」
小山が人に戻って、俺を見た。
薄く、血色の悪い唇が楽しそうに歪む。
濁った白髪に、澪実は蜘蛛の糸を連想した。
その頭には狐の面が掛けられている。
それがきっかけで気が付いたが、ぶちまけられているのは皿ではなく、面だ。
氷柱や氷壁に掛けられたものもある。

それらと目があった。

「あなたはどちらの方ですか?」
たくさんの面の雰囲気に呑まれてしまった澪実を、人の子が一瞥した。
「澪実。船頭で、今日は暁の様子見にパシられてきた」
そして、強烈な肘鉄が脇腹に入る。
「いっ……!!」
澪実はなんで自分が肘鉄を喰らったのかよくわからない。
文目は粘着質な笑顔、人の子は静かだが冷たい目をしている。
「澪実さんですかぁ……わたくし、禁域の担当をさせていただいております文目と申します。以後、お見知りおきを……」
お近づきの証に面などいかがでしょう? と、文目が首を傾げた。
「い、いえ、そんな、結構です。置く場所もないんで」

もらっても困るので、澪実は全力で辞退する。
どの面も、変にリアリティがあるのだ。
今にも動き出して喋りそうなのだ。怖い。
「そうですか……残念ですねぇ」
文目はそういうと、手元の面をつるつると撫でた。

「ふふふふふふ…………」
体感温度がさらに下がった