夢殿

きさらぎ駅

ふっ……と目が覚めた。

カタンカタン、
カタンカタン、
カタンカタン、

「…………」
ここ、どこだろ。
霞がかった思考で外を眺めた。
電車の中。
飽きるほど見た外の景色。
人がまばらな車内。

カタンカタン、
カタンカタン、
カタンカタン、

ここ、どこだろう。どこだっけ。
見覚えがない景色。
乗り過ごした? いや、そんなはずはない。私がおりるのは終着だ。
工事の迂回? それもない。このあたりを走っている電車はこれひとつのはず。
どういう――どういうことだ?
他の乗客たちは眠っているのか、誰も身じろぎしない。

カタンカタン、
カタンカタン、
カタンカタン、

ここは、どこ?
じっと窓の外を睨む。
ふと違和感を感じた。
民家がない。
田んぼもない。
だからと言って山間でもない。
どこか殺風景で汚れた、明るく寂しい景色。
不思議と柔らかい青灰に満たされた、窓の外。

カタン、カタン、
カタン、カタン、
カタン……カタン……

電車が減速する。駅に着くのか、それとも行き違いなのか。
ふら、と視界の端に立ちあがる人がいた。
下車する人がいるのか。なら、ここがどこだか分かるはず。
そう思って腰を上げかけた。

カタン…………ガタ、

駅に止まる。
とっさに窓の向こうに駅名をさがした。
駅名が、ない?
私はぴたりと動きを止めた。
そういえば、
視界の端に立ちあがった人。
私の右手に座っていた人は、いただろうか。
その人を探すが、もうどこにも見当たらない。
「…………」
しん、と車内が静まり返っている。

ガタ、ガタタッ……

突然ドアが開く。
誰かが乗ってくるのか。それとも起きるのか。

ぼた……ぼたぼたぼた…………バシャッ

ぽた、ぽた、と点々と水滴が床を打つ。
それがひとつふたつみっつ……と線を残す。
誰もいないのに。
どこから、ともなく。
ひた、ひた、と足跡だけが着実に増えて――私の前を通り過ぎる。

ひた、

それがぎしりと音を立てて椅子に座った――のか。
座席にじわりと水が広がる。
がりがりと音を立ててドアが閉まる。

ガタン…………
カタン……カタン……
カタン、カタン、

また単調に電車が走り始める。どこへ行くんだろうか。
「放送……ないし」
車内にはまた、走行音以外の何の音も聞こえなくなる。

カタンカタン、
カタンカタン、
カタンカタン、

突然轟、という音が衝撃となってぶつかった。
窓の外が闇に覆われる。
きん、と鼓膜が張る。トンネルに入ったのか。
バチッとどこかでスパークが弾ける音がする
灯りがちか、ちか、と不安定に明滅した。
バチン、と凄まじい音と共に、車内が暗転する。
「…………!」
体感にして数分後、ふ、とまた車内に灯りがともる。

轟っ…………

カタンカタン、
カタンカタン、
カタンカタン、
『次はー、終着ー終着ー……』

車内放送にはっとして私は顔を上げた。
窓の外には見なれた住宅街。
荒涼とした景色はどこにもない。
座席にしみ込んだ水しみもない。
ただ、床を打った水滴だけが残っている。
「今のは…………」
「きさらぎ駅ですよ」
びくりと私は飛びのく。
左手に座っていた人が携帯電話を閉じた。
「水底に消えた駅。この線、たまに夢で見るんですよ」
「ゆ、夢じゃ……」
「なんでもいいんですけどね」
「…………きさらぎ駅?」
そう、と左の人が口の端を歪めて笑った。
「きさらぎ駅、ですよ」

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