夢殿

入れ替え子々 02
突然の声に、びくりとその場に立ち止まる。
今まで、誰もいなかったのに。

そろそろと声のした方を見ると、逆光を背負った女の子が立っていた。
身長は、同じくらい。スカートが風になびいている。
「どうやってここに入ってきたの?」
「…………え?」
「入ってきたからには入ってくる方法があるんでしょ?」
女の子が首を傾げた。
「わたしね、ずっと一人ぼっちだったの。だから外に行きたいなーって」
だって"あっち"にはたくさんの人がいるじゃない。
そういってからころと笑う。
「そ、それなら、出て行けば……」
「出かたがわからないの。それに、ただ出て行っても一人ぼっちじゃ、こっちと変わらないでしょ?」
「そ、そうだけど」

だからね、と女の子が近づいてくる。
何か得体が知れなくて、後ずさる。



「それ、ちょうだい」
何に言われたかわからないが、ぞっと背筋が冷えた。

突き飛ばされ、視界が反転する。



「なーにやってんの、あんたは」
おかあさんの声。
はっとして振り返ると、居間の窓から母親が見ていた。
よかった、あれは夢だったんだ。
ほっとして立ち上がろうとした。
その時、母親の目がふっと別のものを追った。
「ほーら、早くしないとごはん食べるわよー」
「はーい」
がらりと音を立てて玄関が開く。

――ま、

待って、と言おうとした。
そのランドセルはわたしのものだ。
くるりと、それが振り返り、スカートが翻る。
玄関灯の影になって、顔が暗く陰っている。
その口元が、歪に笑った。

「ありがとう」
「ばいばい、ひとりぼっちさん」

女の子が笑った――ような気がした。
あと少しのところで――玄関が閉められた。



『ばいばい、ひとりぼっちさん』
その声が、立ちすくむわたしの頭に延々響き渡っていた。
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