企画 2011/07/07

七夕 暑い夜だ。
節電節電と騒がれる今年の夏は、夜になっても暑い。
――まだましか。
香葵はぱたぱたと団扇で煽ぎながらそう思った。
狭霧神社に踏み込むと、ひやりとした風が吹いている。
1、2度低いだけでも随分と違う。
境内まで来ると、手水や薄闇で視覚的にも涼やかだ。普段なら。
残念なことに、今日はそう涼しいとは言えない。
七夕だ。
境内には笹が数本と、それらを照らし出す提灯、天体観測をするらしい町内会の子供たち。
香葵は浅井家の縁側から覗く風流なそれらを眺めつつ、手を動かし続けた。
ちなみに煽いでいるのに涼しくならないのは、扇がれている対象が花衣と紅衣だからだ。
せがまれてそうするとは情けない。
一緒に来た夏葵は、台所で夜食の用意をしている。
「あちー」
「んだなー」
「ねー」
「お前らは涼しいだろうが」
「まあねー」
「ねー」
先ほどからすっとこんな状態だ。全然締まらない。
とはいえ、一番暑いのは働いているあかりや利達だ。いつもの如くに和装である。
「あの2人の前で暑いとか言ったら殺されるよな―」
2人はこくこくと頷いた。
それ以降は何も考えずに、ただ手だけ動かす。
「あちーな」
「んだな」

本格的に暮れてきた。風は少しばかり凪いでいる。
香葵は麦茶片手に自分を扇いだ。それでも、花と紅が香葵を背もたれにするので全然涼しくなった気がしない。
全国的に天候が悪いが、平瀬はそこそこ晴れてラッキーか。
香葵はそう目がよくないのでぼんやりとしか見えないが、星が帯状に広がっている。
「牽牛と織姫か……」
物語だからこそ当たりの柔らかい話になっているが、要は自堕落で爛れた生活をしていたから引っぺがされたんだろ、とは夏葵の談。
現実だったら離れた後には恋人を作ってそのまま離縁だろう、とはあかりの談。
そんなことをぼんやりと思い出していると、空のグラスを紅にひったくられて、花に煽げとせがまれた。
「ああ、はいはい」
実に情けない。
情けない情けないと自分にそう思っていると、花と紅が歓声を上げた。境内でもいくつもの歓声が上がる。
「ん?どした?」
「ながれぼし!!」
ぴょんぴょんととび跳ねる2人に言われて香葵も夜空を仰ぐと、きらりと視界の端に光が流れた。
「ながれぼし!ながれぼし!」
飛び跳ねて縁側から落ちそうな2人にひやひやしながらも、また夜空に流れた光に、香葵は目を細めた。